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大阪地方裁判所 昭和33年(行)31号 判決 1961年12月20日

原告 佐瀬昌盛

被告 大阪国税局長

訴訟代理人 藤井俊彦 外二名

主文

被告が原告に対してなした昭和三三年三月二〇日付原告の昭和二七年度分譲渡所得税に関する審査決定を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者双方の申立

原告「主文同旨」

被告「原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。」

第二原告の請求原因

一、奈良税務署長は、昭和三一年三月一四日付をもつて、原告に対し、昭和二七年度譲渡所得額五、四七一、八〇〇円、算出税額二、七七一、九九〇円、無申告加算税額六九二、七五〇円とする旨の課税処分をしたので、原告は、同税務署長に対し、再調査の請求をしたところ、昭和三一年一〇月三日付をもつてこれを棄却せられた。そこで原告は、被告に対し、審査請求をしたところ、被告は、その一部を認め、昭和三三年三月二〇日付をもつて、譲渡所得額二、二八一、六〇〇円、算出税額一、〇一二、七三〇円、無申告加算税額二五三、〇〇〇円とする旨の審査決定をなした。

二、しかし原告の同年度における譲渡所得は、次の理由により皆無であるから、右審査決定は違法である。

(一)  原告は、昭和二六年六月頃、天理教黎明分教会々長訴外仲本公一に対し、原告所有の奈良市水門町所在の土地、建物を、その代金四、二五〇、〇〇〇円で売渡す旨の契約をした(その後右不動産のうち農地部分を右売買契約から除外し、代金を金五〇〇、〇〇〇円減額したので、代金は金三、七五〇、〇〇〇円となつた)が、右仲本は、手付金一五〇、〇〇〇円を支払つたのみで、残余を支払うことができなかつた。そこで、右仲本は、中西偕生株式会社代表取締役中西伸次から金三、五〇〇、〇〇〇円を借受けて、これをもつて原告に対する支払に充てようと図り、同人に金策を申入れた結果、原告と中西と仲本との間で中西は、仲本に金三、五〇〇、〇〇〇円を貸与し、原告は、右仲本の債務の支払を保証するために、中西に対して手形を差入れ、また仲本は原告に対し同様手形を差入れ、さらに中西は原告の本件不動産に抵当権を設定し、仲本が借入金を返済した時には、中西及び原告は、それぞれ差入を受けた手形を払出人に返却して、いわゆる三角決済方式をとることとする、という話合いができ、仲本は、中西から金三、五〇〇、〇〇〇円を借受けたのであるが、原告との約束に違反して、原告に対しては金二、一〇〇、〇〇〇円を支払つたのみで、残額を勝手に費消してしまつたうえに、中西に対しても借入金を返済しなかつたために、中西は原告の本件不動産に対し抵当権の実行を奈良地方裁判所に対し申立てた。原告は、天理教黎明分会々長仲本公一の背信行為によつて、売買代金の支払を受けられず困つたうえに、さらに競売によつて不動産をも失うという窮境に追い込まれ、遂に、天理教本部真柱中山正善に直訴した結果、右天理教本部が、本件不動産を右仲本の肩替的立場に立つて買取つて、この問題を解決してくれることになり、その方法として、既に中西が奈良地方裁判所に申立てている競売事件を、そのまま利用することとし、天理教本部代表庶務部長植田英蔵が、これを金三、七〇〇、〇〇〇円で落札したのであるが、右競売は、あくまで原告と仲本との間の売買が右仲本の背信行為により紛糾したものを、天理教本部が、右仲本の肩替的立場を引受けてこれを買取つて収拾するためにとつた解決方法であつて、原告と仲本との間の売買、その代金借入のための抵当権設定の原因である中西からの借金等は、すべて右競売と一連の関係にあり、これらは一体をなしておるものであるから、原告は、これらのために要した諸経費又はこれらに関連して蒙つた損失は、これすべて右競売の経費であつて、譲渡所得の算定に当つては、所得から控除さるべきものである。

しかして、原告のこれらの経費又は損失は、左のとおりのものである。

(1)  金一、二五〇、〇〇〇円 原告と仲本との間の売買代金のうち、原告が、仲本から支払を受けられなかつた分。

(2)  金一〇九、三二六円   原告が、中西に支払つた仲本の借入金に対する昭和二七年六月一六日から競売終了までの利息。

(3)  金五〇〇、〇〇〇円   仲本が中西に約束した月五歩の利息金合計一、〇九六、八七五円を、中西に値引してもらつて支払つたもの。

(4)  金五一、二四八円    奈良地方裁判所に申立てた競売費用

(5)  金三五、〇〇〇円    大阪地方裁判所に申立てた競売費用

(6)  金五〇、〇〇〇円    諸登記費用等雑費として中西に交付

(7)  金三〇〇、〇〇〇円   本件家屋立退料 柘植五百刀に交付

(8)  金一〇〇、〇〇〇円   〃       藤田常道に交付

(9)  金一〇〇、〇〇〇円   〃       河合キヨ子に交付

(10) 金一〇〇、〇〇〇円   〃       佐瀬常延に交付

以上合計 金二、五九五、五七四円

また、右不動産の取得価格は、金一、二一七、〇九五円であるから、競売代金三、七〇〇、〇〇〇円から、取得価格金一、二一七、〇九五円、前記経費金二、五九五、五七四円及び基礎控除額金一〇〇、〇〇〇円の合計金三、九一二、六六九円を控除すれば、赤字となつて、課税さるべき譲渡所得は存在しないのである。

(二)  また、仮りに譲渡所得があるとしても、右競売における競落許可決定のなされたのは、昭和二七年一二月二七日であるが競売代金の支払われたのは、同二八年一月一四日であるから、原告に本件譲渡による所得が発生した時期は、右代金支払のなされた昭和二八年一月一四日であり、従つて右所得は昭和二八年度の所得であつて、同二七年度の所得ではない。

然るに、被告は、右所得を昭和二七年度の所得として課税しておるのであつて、この点においてもまた違法である。

(三)  さらにまた、仮りに右主張がいずれも理由がないとしても、原告は、屡々奈良税務署又は大阪国税局と交渉し、かつ昭和二九年二月二六日嘆願書をもつて、確定申告をしており、また確定申告についてこれを指導すべき税務署職員が何らの注意も与えずにおいて、出し抜けに無申告加算税を課したのは不当であるから、被告の審査決定のうち無申告加算税の部分は取消さるべきものである。

第三被告の答弁

一、原告の請求原因第一項記載事実を認める。

二、右第二項(一)記載事実のうち、原告が、昭和二六年六月その主張の物件につき、その主張のような売買契約をしたこと、仲本公一が、その主張の手付金を支払つたこと、原告が中西偕生株式会社に対し原告所有の不動産を担保に供し、抵当権を設定したこと、原告が仲本から金二、一〇〇、〇〇〇円を受領したこと、右不動産に対し競売手続が開始され、植田英蔵がこれを金三、七〇〇、〇〇〇円で競落したこと、原告が競売に関する経費と主張するもののうち(4)金五一、二四八円奈良地方裁判所に申立てた競売費用、(6)金五〇、〇〇〇円諸登記費用が、競売に関する経費として存在すること、本件不動産の取得価格が、金一、二一七、〇九五円であること、その基礎控除額が金一〇〇、〇〇〇円であることは、いずれも認めるが、中西偕生株式会社から金三、五〇〇、〇〇〇円を借入れたのは仲本でなく原告であり、その他の原告主張事実は争う。

請求原因第二項(二)記載事実のうち、競落許可決定がなされたのが昭和二七年一二月二七日であることを認めるが、譲渡所得が、昭和二八年度のものである、との主張を否認する。また、原告は、本件譲渡所得が昭和二七年度のものであることを自白していたものであるから、後にこれを撤回することには異議がある。本件課税の対象となつた譲渡所得は、抵当権の実行としての競落許可決定によつて発生したものであるが、かかる場合も強制競売の場合と同様に、右決定の時に、該不動産の所有権は移転し、原告は、その時に譲渡所得を取得したものと解するのが相当であるから、右所得は、昭和二七年度に発生したものである。

請求原因第二項(三)の主張に対しては、所得税法上の確定申告は、同法第二六条所定の事項を記載した同条所定の書面を提出して、これをすることを要し、原告の主張の如き事実をもつて確定申告書の提出があつたものとすることは許されない。また、確定申告の手続方式は所得税法に明文をもつて規定されているところであり、かつ原告の主張するところは、原告が自己の見解に従つてその所得の存否を抗争し、税務署職員と交渉したり、嘆願書を提出した、というのであるから、これらの事実をもつてすれば、むしろ当時の原告としては本件係争年度について確定申告書を提出する意図を有していなかつたものと解するのが相当であつて、かかる事情において無申告加算税の賦課されるのは、法の建前から当然であつて、これを不当とするのは当らない。

三、被告のした審査決定には違法はない。その理由は次のとおりである。

(一)  原告は、その所有する不動産に中西偕生株式会社のために抵当権を設定したが、昭和二七年一二月二七日右不動産は競売され、植田英蔵がこれを金三、七〇〇、〇〇〇円で競落した。よつて原告は右同額の収入金額(譲渡価額)を取得したのである。

課税の対象となる譲渡所得金額は、譲渡価額から当該資産の取得価格、設備費、譲渡に関する経費(所得税法第九条八号)ならびに譲渡所得計算上の特別控除額金一〇万円を控除して算出される。本件不動産の取得価格は、原告主張のとおり金一、二一七、〇九五円である。

(二)  そこで譲渡に関する経費について検討する。譲渡に関する経費とは、譲渡による収入金額(譲渡価額)を得るために支出した費用をいい、競売による譲渡にあつては、競売手続費用、登記に関する費用等がこれに該当する。前記不動産の譲渡は、奈良地方裁判所によつてなされた不動産競売事件の競落許可決定によつて発生したものであるから、譲渡に関する経費は、原告の主張するもののうち、その競売申立費用金五一、二四九円と移転登記費用等雑費金五万円の合計金一〇一、二四九円のみであつて、原告主張のその余の損害金、費用等は右資産の譲渡に関する経費には該当しない。

原告が譲渡に関する経費と主張するもののうち、被告がこれを認めたもの以外のものに対する被告の見解は、次のとおりである。

(1)の金一、二五〇、〇〇〇円について

競落許可決定による前記不動産の譲渡は、既に述べた如く、原告と訴外仲本公一との間の売買契約とは別個のものであるから、右売買契約の未収入代金は、本件譲渡とは無関係であつて、その経費に含まれないこと勿論である。

(2)の金一〇九、三二六円及び(3)の金五〇〇、〇〇〇円について

原告が、中西に支払つたこれらの利息は、原告が右訴外人から借入れた金三、五〇〇、〇〇〇円に対する利子であるから、本件譲渡のための費用ではない。

(5)の金三五、〇〇〇円について

本件競売とは全く別個の競売申立費用であつて、本件競売とは関係がない。

(7)ないし(10)の立退料について

仮に、これらの支払が真実なされておるとしても、前記不動産譲渡の経費ではない。不動産の譲渡に際し支払つた立退料が、該不動産の譲渡に関する経費となるためには、譲渡不動産上に譲受人にその賃借権を対抗しうべき賃借人があつて、これをそのまま譲渡するときは、右賃借権の存在により、該物件の譲渡価格が下落する場合に、これを立退かせて完全な所有権として譲渡し、これにより物件の価額を増大させるために支払われる立退料に限られるものである。しかるに右(7)の柘植五百刀は、前記競売不動産について賃借権を有していたものではなく、その建物のうち僅か四坪を無償使用していたものに過ぎなく、右(8)の藤田常道は、本件競売申立の昭和二七年一〇月一三日よりも約一年以前の同二六年九月九日に立退いたもので、本件譲渡に関して立退いたものではなく、右(9)、(10)の者達は前記競売不動産につき賃借権を有していた事実がないから、いずれもその立退料は、本件譲渡に関する経費ではない。

(三)  以上によつて、本件譲渡所得を計算すれば、譲渡価額金三、七〇〇、〇〇〇円から取得価格金一、二一七、〇九五円、譲渡経費金一〇一、二四九円、譲渡所得計算上の控除金一〇〇、〇〇〇円を控除して、その金額は金二、二八一、六五六円となる。

(四)  被告は、譲渡所得額を金二、二八一、六五六円とし、所得税法の定めるところに従い、さらにこれから基礎控除金五万円を控除し、課税総所得金額を金二、二三一、六〇〇円、同税額を金一 〇一二、七三〇円、無申告加算税を金二五三、〇〇〇円と算定して、本件審査決定をしたものであるから、右審査決定に違法はない。

第四証拠<省略>

理由

一、訴外中西偕生株式会社代表取締役中西伸次が、原告所有の不動産に設定された抵当権に基ずき、奈良地方裁判所に対し、競売の申立をなし、同裁判所は昭和二七年一二月二七日これを訴外植田英蔵に対し、金三、七〇〇、〇〇〇円で競落を許可する旨の決定をなしたこと、右に関し、奈良税務署長が、昭和三一年三月一四日付をもつて、原告に対し、昭和二七年度譲渡所得額五、四七一、八〇〇円、算出税額二、七七一、九九〇円、無申告加算税額六九二、七五〇円とする課税処分をなし、さらに原告の再調査請求に対し、同年一〇月三日付をもつてこれを棄却し、被告が、原告の審査請求に対し、同三三年三月二〇付をもつて、右不動産の取得価格を金一、二一七、〇九五円、譲渡に関する経費として競売申立費用金五一、二四八円(但し被告はこれを金五一、二四九円と主張するが、原告主張の金五一、二四八円の限度でこれを争うものでないことは明らかである)及び登記費用等雑費金五〇、〇〇〇円を認め、譲渡所得額を金二、二八一、六〇〇円、算出税額を金一、〇一二、七三〇円、無申告加算税を金二五三、〇〇〇円とする旨の審査決定をしたことは、いずれも当事者間に争がない。

そして、成立に争のない乙第五号証によれば、前記競落許可決定のあつた物件は別紙目録記載の物件であることを認めることができる。

二、先ず、原告の譲渡に関する経費についての主張に対し判断する。

譲渡に関する経費とは、一般的に、譲渡を実現するために直接必要な支出を意味するものである。そこで、原告が主張する各支出が、本件競売による譲渡を実現するために直接必要な支出であつたかどうかにつき検討する。

(一)  請求原因第二項(一)の(1)について

原告が昭和二六年六月訴外仲本公一に対し、原告主張の不動産を、その代金四、二五〇、〇〇〇円で売渡す旨の契約をし、その後右不動産のうち農地部分を契約から除外し、代金が金三、七五〇、〇〇〇円に減額され、代金のうち金二二五万円が支払われたことは、当事者間に争がないところであるから、原告が、ここに主張するような右売買代金の未払分があつたことが認められるけれども、本件競売とは別個の契約によるものであつて、これが本件競売の経費にあたらないことは言うまでもない。

(二)  請求原因第二項(一)の(2)(3)について

訴外中西偕生株式会社代表取締役中西伸次が、原告の不動産に抵当権を設定したことは当事者間に争のないところであり、証人柘植五百刀の証言により成立を認める甲第七号証に、証人仲本公一、仲本弥昌、柘植五百刀、佐瀬常盛(一、二回)の各証言(後記措信しない部分を除く)を合せ考えれば、仲本公一が、前記契約による売買代金の支払に窮し、中西偕生株式会社代表取締役中西伸次から借金をすることになつたが、右中西の要求により、原告は右借入金の支払を保証し、かつ前記の抵当権の設定をも承認したものであるが、右仲本が借入金の支払をしないので、中西は、原告に対しその支払を請求してきたので、原告は、やむなくその利息として金一〇九、〇〇〇円余及び金五〇〇、〇〇〇円を支払つておることが認められ、前記各証拠のうち右認定に反する部分は措信しない。原告がここに主張するところの支出は、右利息の支払をいうのであるが、右支出は、前記認定のとおり、原告の引受けた保証債務から生じたものであるところ、右保証債務は、本件競売とは別個のものであつて、右保証債務により生じた支出をもつて競売の経費というをえないこともまた明らかである。

(三)  請求原因第二項(一)の(5)の主張について

大阪地方裁判所に申立てた競売費用が、本件奈良地方裁判所の競売についての経費となるものではないことは明らかで、その主張自体理由がない。

(四)  請求原因第二項(一)の(7)ないし(10)の主張について

証人柘植五百刀の証言により成立を認める甲第七号証、証人佐瀬常盛(第一回)により成立を認める甲第八号証ないし第一〇号証に、これらの証人の証言を合せ考えれば、原告の主張するような立退料が支払われているが、右のうち(9)(10)は本件不動産に関するものでないことが認められる。そして、譲渡に関する経費と認められるためには、法律上譲受人に対抗することができる賃借人に対して支払われたものであることを要するが、本件全証拠をもつてするも立退料の支払を受けた者が賃借人であることを認めることができず、却つて前記証拠によれば、(7)の柘植五百刀は中西伸次の現地における管理人として本件競売不動産のうち約四坪を使用していたものであつて賃借人ではないことが認められる。従つてこれらの立退料もまた本件競売に関する経費と認めることはできない。

してみれば、原告の右譲渡に関する経費についての主張は、いずれも理由がない。

三、次に、原告の本件譲渡所得が昭和二七年度の所得でない旨の主張について

本件競落許可決定がなされたのが昭和二十七年一二月二七日であることは、当事者間に争がなく、右代金が裁判所に支払われたのが、同二八年一月一四日であることは、被告の明らかに争わないところであるから自白したものとみなす。

被告は、原告の右主張に対し、原告は従来本件所得が昭和二七年度に生じたものであることを認めておきながら、本件審理の中途においてこのような主張をすることは自白の撤回に該るから、異議がある旨主張するのであるが、何時所得が発生したとみるべきかの問題は、法律評価を含んでいて、単なる事実の問題ではないから、民事訴訟法上自白の対象とならないのみならず、原告は従来被告がした昭和二七年度分譲渡所得に関する審査決定に違法がある旨を主張して来たのに対し、弁論の中途において右決定の違法事由として所得の発生時期に関する問題を追加したものであつて、右所得が昭和二七年度に発生したものであることを認めて争わないと述べたものでないことは、本件記録上明らかなところであるから、被告の右異議は理由なく、却下すべきものである。

そこで進んで所得の発生時期について検討することとする。

所得の計算において、何時をもつて所得の発生時期とすべきかにつき、所得税法においては、いわゆる権利発生主義がとられておることは、周知のところであり、債権が具体的に確定した時をもつて所得の発生時期と解するのが相当である。

これを本件の場合の如き、競売による譲渡から生ずる所得について考えてみるに、かかる場合の所得は、競落代金債権であるから、競落代金債権が、何時具体的な債権として確定するかによつて所得の発生時期は定まることとなる。本件の如く抵当権実行におけるいわゆる任意競売であると強制執行における競売であるとを問わず、競落許可の時において、競落人に代金支払義務の生ずることは異論のないところである。しかしながら、競落人の代金支払義務は、私法上における買主のそれと異なり、競売代金の支払期日までに代金を支払わなくてもこれを強制されることはなく、かかる場合裁判所は、再競売を命ずることになるのである。たゞ競落人は、再競売において競落代価が最初の競落代価より低いときに、その不足額及び費用の損失補償を請求されることになり、これを一般の債務と比較するときは、その義務性において甚だ微弱なものであることが判る。従つてこの義務に対応する競落代金債権もまた、競落許可決定の段階においては、その権利性が甚だ微弱なものであることになる。しかも右の競落代金債権が何人の権利に属するかについては、説の分れるところであつてにわかに断定し難く、仮りに物件の所有者の権利に属するものと解しても、前記のとおり、これをもつて同人の具体的に確定した権利と解することは困難である。してみれば、競売による譲渡から生ずる所得は、競落代金が現実に裁判所に支払われた時に初めて物件所有者に生ずるものと解するのが相当である。

してみれば、本件競落代金が支払われたのは、前記のとおり、昭和二八年一月一四日であるから、本件競落による原告の所得は、同年度において発生したものと解さなければならない。しかるに被告は、これを昭和二七年度所得としてこれに課税する審査決定をしたのであるから、右審査決定は違法である。

よつて原告の請求は、この点において理由があるから、爾余の主張につき判断するまでもなく、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 入江菊之助 中平健吉 中川敏男)

(別紙目録省略)

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